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企業概要


企業概要

SARGADELOS(サルガデロス)は、Cerámicas do Castro S.L.(セラミカス・ド・カストロ社)を主要株主とす る有限会社です。

現在、2つの工場を有し、そこでは約250 名が働いています。工場の1つはスペイン、ガリシア州ア・コルーニャ 県サダのカストロ・デ・サモエドに、もう1つは同ルーゴ県セルボのサルガデロスにあります。

どちらの工場も素晴らしいデザインの建造物で、美術館、ギャラリー・ショップ、プールを備えたユニークな周辺環 境と見事に調和しています。その独創的な建築と壮大な壁面アートによって全体として独特の個性が醸し出さ れるSARGADELOS の建物は、文化財に指定されています。

製品の流通に関しては、総代理店『SARGADELOS ギャラリー』の各店舗を通じて、また当社製品を取り扱 うスペイン及び世界各国の装飾・宝飾チェーン店60 店舗以上で販売されています。

SARGADELOS は、製品の製造・販売活動のみならず、SARGADELOS 財団を通じ文化普及促進のた めの重要な取り組みに対しスポンサー活動を行っていることでも知られています。

生産

19 世紀、アントニオ・ライムンド・イバニェスがルーゴ県北部のア・マリーニャに最初の陶磁器工場を立ち上げたそ の誕生以来、SARGADELOS の根幹を成す営みは陶磁器製品の製造です。

SARGADELOS の作品はどれも、一つ一つそれを作った職人のこだわりが突出しています。磁器製の食器、 塑像、ジュエリーは、カストロ(ア・コルーニャ県サダ)と、サルガデロス(ルーゴ県セルボ)にある工場の窯から出され た後、全て手作業で装飾と仕上げが施されます。

技術

19 世紀、エナメル陶器と石版印刷(リトグラフィ)の技術がスペインに導入された創業当初からサルガデロス焼 き(セラミカ・デ・サルガデロス)のアイデンティティは技術革新にあると言えます。

その同じ先駆的精神をもって、この数十年では、優れた腐食耐性があり美しい発光色を引き出すユニークな焼 成方法を開発しています。

デザイン

SARGADELOS の磁器のアイデンティティを示す重要な特徴の一つは、そのデザインの独創性で、多くの場合 ガリシア文化やケルト文化全般に用いられる伝統的なモチーフや形状からインスピレーションを得ています。

SARGADELOS の作品はいずれも、独特の色合い、真正タイポグラフィー、オリジナルの金型、そしてルイス・ セオアネ、イサック・ディアス・パルド、ショセ・ビザソなど秀でたガリシア人アーティストたちの才能が結実したもので、 明らかな違いが認められるものです。

SARGADELOS の職人たちは、デザイン効率を上げるため、時代に即した適切な価値を作品に与えるものは 何か必要な調査をした上で、それを投影した形をデザインする努力をしています。

SARGADELOS の作品はデザインブックや雑誌に掲載され、トレンドを生み出し、セラミック業界の世界的指 標となっています。そのアバンギャルドな卓越性を学び吸収しようと多くのアーティストや彫刻家たちが SARGADELOS を訪れます。

アーティストとのコラボレーション

ソウト、コルメイロ、カステラオ、マシデ、ラシェイロ、アシスクロ・マンサノ、カルンチョ、X.ケサダ、フランシスコ・レイロ、 或いはアントニオ・ムラドといったガリシア人クリエーターを始め、エディ・ファレカンプやノーマン・トラップマンなど国 際的な大物まで、SARGADELOS は名高いアーティストとのコラボレーションに常に門戸を開いています。特 筆すべきものとして、アイラント兄弟やマルティン・アスアのような名高いデザイナーや、マリア・ボフィル、アルカディ オ・ブラスコ、エンリケ・メストレ、ルイス・カスタルド、アンヘル・ガラサなどともコラボレーションしています。

いずれも自身の知見を提供し、当社施設においてワークショップやセミナーを行うなどの協力をしてくれました。 場合によっては自身の作品をSARGADELOS の工房でも作業できる手法やオリジナルの形状にモディファイ してくれることもありました。

皆様には、もうお分かりのとおり、こうした“デザイン、文化、歴史、品質”、それこそが私たちのアイデンティティの 証なのです。


歴史


1806-1809

創立


サルガデロス焼き(セラミカ・デ・サルガデロス)は、19 世紀初め、アントニオ・ライムンド・イバニェスが近代工業化 をけん引する中、1806 年、スペイン、ガリシア州ルーゴ県セルボのサルガデロス教区に陶磁器工場を建てたこと から始まりました。

アントニオ・ライムンド・イバニェスは、1749 年10 月17 日、アストゥリアス地方オスコス生まれで、我が国最初 の工業化を代表する人物です。起業家精神溢れる性格で、リバデオ-カディス間、或いは同-バルティコ間の 商業ルートを開発し、これによって1788 年には『王立海運会社』を設立するなど、若い頃から革新的事業の 開発を手掛けていました。

高炉に関しては、負債を負って資金を投入し、マドリッドでゴドイ(カルロス4 世統治下の最初の首相)の保護 を受けて、サルガデロスの地に強力な製鉄所を立ち上げ、1794 年には国家と軍需物資生産契約を結んで、 事業の生存を確保しました。更に彼の立ち上げた高炉からは、配管、チェーン、水車、キッチン用品、その他、 18 世紀スペインで使用された工具の多くが生産されていきました。引いては現在もガリシア地方の街のどこかで 見られるような美しい彫像群、公共の噴水、装飾の施された手すりなどまで創るようになりました。

その後まもなく彼は事業を更に拡大し、陶磁器工場を創設、1806 年に最初のトライアル生産を始めました。 この新規事業によってアントニオ・ライムンド・イバニェスは、戦況下、英国からの“ブリストル製”陶磁器の輸入中 止を見込んだ市場チャンスをものにすると同時に、造形芸術によって彼の洗練されたセンスを磨くことにもなりま した。また、陶磁器事業にとってインフラの一部となる製鉄所があったこと、そしてサルガデロス近くのカオリン鉱床 (磁器生産に欠かせない材料)の質が極めて優れていたことも幸いしました。

1809-1832

初期


SARGADELOS 創業者の死後、その息子であるホセ・イバニェスが企業の経営を引き継ぎました。母方の伯 父達や妻・アニータ・バレラの助けを得ながら、当初の工場を拡張し、生産用の焼成釜3基、試作用の窯2基 を導入し、25 台以上のろくろを備えた各種工房を整備しました。1830 年代初めには年間20,000 点の陶磁 器を生産するようになりました。

当時の陶磁器の特徴は、白色で、クリーム色か、やや青みがかった光沢のある釉薬をかけたものです。英国ブリ ストル製の陶磁器からインスピレーションを得た新古典主義スタイルのデザインで、皿、花瓶、水差しなどが傑 出しています。手描きの絵付けがなされていた作品はこの初期の時期のものです。

1835-1842

第二期


1835 年5 月19 日、ホセ・イバニェスは、アントニオ・タピアと共同で『イバニェス・イ・タピア社』を設立しました。 トリノから来たフランス人M. リチャードの指導を受け、手描きで絵付けをした白色磁器の生産に注力しました。 また、最初の石版印刷や多色刷りの試作にも取り組みました。

この時期は、城の形をしたランプやシャンデリア、そしてムニェイラ(ガリシア地方の踊り)を踊るカップルが描かれた グリーングレーの色調のスタンプ装飾の食器などが代表的です。そのほか神話や宗教をテーマにした美しい絵皿 や、見事な化粧台などもこの時期に創られました。

1845-1862

第三期


1845 年、サンチアゴ・デ・コンポステーラから来たルイス・デ・ラ・リバ・イ・シア(Luis de la Riva y Cía)が、イバニェス家からSARGADELOS の経営を引き継ぎます。

1849 年には同工場労働者の世帯は1,000 世帯を超え、運輸車両205 台、沿岸貿易船22 隻が100 窯 分以上の陶磁器を乗せて各地へ出発していきました。種類の異なる焼成釜4 基、乾燥チャンバー30 台、粉 砕機(ミル)、大規模な工房9 つ、プレス機8 基…初期SARGADELOS にとって、まさに黄金時代でした。

当時は英国人エドウィン・フォレスターの指導の下、品質、バラエティいずれも並はずれた食器や塑像が創られ ました。彼を指導者として迎えたのは半磁器と呼ばれる不透明な磁器を導入するためで、これは、仕上りの高 級感、花のモチーフによる装飾、セピア色や茶色のスタンプ、グリーン、ブルー、黄色、ピンクを使った筆の絵付け といった特徴があり差別化できる製品です。

この他、陶芸家フォレスターによって開発された新技術として、単色スタンプ(特に黒)や、光沢があり僅かに青 みを帯びた白色食器の素地に色を浸透させる技法があります。

この時期、特徴的なものはマールバラ公で、英国陶器のトビージャグのように座った公爵の形をしたジョッキや、 (恐らく、スペイン初の)石版絵付けによるゴンドラ型食器などがあります。

1870-1875

第四期


1873 年、ア・コルーニャ人のアトーチャとモロドと共にイバニェス家がSARGADELOS の経営に復帰します。基 本的に過去の時代の作品の再現を試みますが、当時と同等の品質には至りませんでした。新たな施設への投 資は中止され、外国人の陶芸家たちは切り捨てられました。

この時期は、イバニェス一族の家族紛争から負債が嵩み、ついに1875 年、SARGADELOS は閉鎖を余儀 なくされることになりました。

その時以来、20 世紀後半に遺産回復がなされるまで、その凄まじい事業の歴史と、かの工房で極められた美 の証拠たる作品群は国境を越え広まって行きました。1972 年、旧工場跡地周辺が、歴史・芸術的遺跡とし て指定されます。

こうしてSARGADELOS は史実という集合的記憶の中に居場所を確保し、まさに神話となっていきました。

1949 - 現在第五期


オ・カストロ・デ・サモエド
1970 年にセルボ(ルーゴ県)で新SARGADELOS が始動するより前、1949 年、イサック・ディアス・パルドは、 サダ(ア・コルーニャ県)のケルト遺跡の近くで、後にセラミカ・ド・カストロ工業団地となる陶芸工房を始めます。 様々な技法やデザインを試した末、イサック・ディアス・パルドとその協力者たちは、マリーニャ・ルセンセで採れる ガリシアの土を使って、造形芸術家のオリジナル塑像を、ごく限られたシリーズでのみ再現することを決めました。 この地元の土は、強度、白色度が共に高く、半透明できめの細かい素地になり、高品質の白磁を作ることがで きるのです。

イサック・ディアス・パルドは、彼の事業家として、また芸術家としての野心に駆られ、アルゼンチンで陶磁器の実 験を始め、そこでガリシア人亡命者たち、特に画家のルイス・セオアネ等と接触することになりました。彼の実験 は、事業という意味では失敗に終わったものの、「スペイン内戦終結後はガリシアの経済と文化の回復のために 働きたい」という意志を持ちアルゼンチンへ亡命したガリシアの知識人たちの興味を掻き立てるという意味では役 に立ち、1963 年、フォーム研究所(Laboratorio de Formas:SARGADELOS のデザイン及び研究を行う 非営利団体)の創立という形で具現化しました。

一方、1960 年、オ・カストロには新しい工場が建設され、そこで作られる作品には、ガリシアのロマネスク様式や バロック様式で用いられる抽象的な幾何学モチーフや、ロマネスク芸術の形式的象徴主義に沿ったものを何ら かの形で継承する流れを汲んだデザインが取り込まれました。

サルガデロス

イサック・ディアス・パルドとルイス・セオアネが主導した、このガリシアの経済・文化回復プロジェクトには、 SARGADELOS の復活が組み込まれなければなりません。1968 年、法人セラミカ・デ・サルガデロス (Cerámica de SARGADELOS)の設立を通して、セルボ(ルーゴ県)の工場建設工事が始まり、次いで最 初の作品の製作が始まりました。これはガリシアが表明した修正主義的な文化的概念と結びつく旧 SARGADELOS の起業精神をこの新たな時代に復活させるというものでした。

この事業は瞬く間に成功しました。デザインも品質も歴史上のものと違いなく一致し、SARGADELOS ブラン ドは「ガリシアとは何か」を表わすアイコニックな象徴となっていきました。この達成に至る道のりにおいては、何より イサック・ディアス・パルドの仕事ぶりと事業家としての能力、そして芸術家としての才能が極めて大きく寄与しま した。しかし、ルイス・セオアネのデザイン的なインスピレーションや、何よりSARGADELOS を単なる企業以上 の存在として想っていた、そして今尚想っている何百人もの労働者たちの努力と献身も忘れてはいけません。

今世紀初頭の激動期を克服し、SARGADELOS は現在、新たな製品ラインを追求し、売上を伸ばし、ガリ シア人たちに愛されながら、再びそのノウハウとブランドが国境を越え広がっていることを誇りに思っています。


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